目覚めた人

みなさん。ごきげんよう。

さっそくですが、fhanaというバンドを御存じでしょうか?
ツナ缶のリクエストでfhanaの『青空のラプソディー』という曲を聴きながらこの日記を書いております。
申し遅れました。わたくし、とりきちでございます。
タイトルと内容がずれております。お気を付けください。

つい先日のこと、りんご様のボケに対して「名倉じゃねーよ」と、華麗な突っ込みを返しました、さか、、、いや、失礼。
名倉様のようにわたくしも鮮やかなカウンターを決めたい!と考えております。

ツナ「fhana聴きてぇー。青空のラプソディーっていうやつ」
トリ「ほいほい。好きなの?fhana」
ツナ「好きだよ。まあ、」
-曲終了-
トリ「いい曲だったねー。ほかは?」
ツナ「え?それしか知らないけど?」
トリ「それしか知らないんかーい!」

いかがだったでしょうか?面白かったですよ、ね!

さてさて、最近はまっていることといえば、そうですね。
駄菓子を食べることですね。(今は、funeral suits のall those friendly peopleを聴いています)
これはあの全世界的に有名な『だがしかし』という漫画に影響されたものでして。
特に「きなこ棒」は最高ですね。神です。(棒教という宗教団体でも作って出家でもしようか、)

さて、きなこ棒が神だとしたら、僕はどうなるのでしょうか?
神の御前ではみな平等だと考えるとすれば、僕は周りの人間(棒教信者もそうでない人も)
と同じ身分になってしまいます。
まあ、それでもいいのですが。
せっかく私が考えた、、いや神からの啓示を受けた人間なのだから、
神を超えることはないにしても、その辺の人間と同じというのは、、、
いかがなものでしょうか?
ちょっとおかしいとはおもいませんか?
周りの人間とは一線を画する特別な人間として扱われてもいいのではないでしょうか?
ま、僕が自らこのように言い出さずとも、自然とこのような認識になっていくとはおもいますが、、、。
つまり、僕は預言者になるのです。
四人目として選ばれたわけです。
これはサードの言葉と矛盾する形になりますが、何かあったんでしょう、きっと。

いろいろ言ってきましたが、僕は預言者にはなれません。
(二言目には身分とか言ってるやつにはむりだってことです。)

あと、なんだかんだで、今はgalileo galilei に落ち着いています。
(曲の話です)

さて、この次に書く人には棒教の第一身分となる権利を与えたいと思います。
(?私は良い意味でアウトカーストです)

では、おやすみなさい。
最後はGalileo Galilei で、「車輪の軸」でした。


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